九州一の取扱量を誇る長浜鮮魚市場。午前3時、競りのスタートを告げるサイレンが鳴り響くと、市場内に活気が満ちる。その中心にいるのが、威勢のいい仲買人を相手に、テンポ良く落札者を決めていく競り人。男性の仕事と思われがちな競り人だが、福岡市鮮魚市場では女性の競り人も活躍している。その1人が永村まどかさんだ。競り人3年目の彼女に鮮魚市場の魅力と、自身の将来像などについて聞いた。
長浜鮮魚市場
女性競り人の心意気
「かっこいいい」と
ほれ込み就職を決心
ーー競り人になったきっかけは?
永村:父が漁師だったということもあり、就職活動で福岡魚市場の会社見学に行きました。その際、競り風景の動画の中に映っていた先輩競り人の姿が「かっこいい」と思ったのが単純ですが、競り人になりたいと思ったきっかけです。実は福岡魚市場しか就職活動をしていないんですよ。
--お父さんやおじいさんは同じ魚業界への就職ということで喜ばれたのでは?
永村:その時、祖父は亡くなっていましたが、父は感情を表に出す方ではないので直接聞いたわけではありませんが、周りの人たちから伝え聞いた話では、とても喜んでいたということでした。
私は反抗期が長く、父と話さなかった時期も長ったのですが、同じ業界にいるので共通の話題ができたことは良かったなと思います。地元・壱岐での魚の値段を聞き、「それならこっち(福岡)に出した方がいいんじゃないの?」と言うこともあります。
--魚市場や競りの世界は男社会ですよね。そこへの抵抗などはありませんでしたか?
永村:男社会に入る抵抗はありませんでした。私の地元は、壱岐でも二次離島(本土と直接の交通がない島)で、小学校の頃から学年や生徒が少なく、男子も女子も一緒になって遊んだり、活動したりしていました。それに、島には多くの漁師さんがいましたので慣れ親しんだ場所みたいな感覚です。
--競り人になって何年ですか?
永村:就職して8年目、競り人になって3年目です。
基本的に競りに出ている魚は、魚種と大きさで分けた「規格物」と呼ばれるものなのですが、私は「色物」と呼ばれる規格外の魚を詰め込んだものを担当しています。その中にはカツオやマダイ、ブリの小さいもの、深海魚やサメも入っています。
数十秒間の
繊細な駆け引き
--競り人の魅力とは?
永村:毎回ではありませんが、高く売れた時は荷主(漁師など)さんから「ありがとう」と感謝されます。それはすごくうれしいし、次もがんばろうと思います。
それと、競りってかけ引きなんですよ。対仲買人で、私たち競り人は10円でも高く売りたい。逆に仲買人さんは少しでも安く買いたい。1分足らずで終わる競りの中でかけ引きが行われる空気にすごく燃えます。私が競りを行っている時だけでなく、先輩が行っている時も仲買人さんを見て、「あの人買いそうだな」とか、「高い値をつけてくれそう」とか思ながら見ています。それに、後ろにいたり、目をそらしたりしている仲買人さんは「買う気がないな」と。仲買人さんたちはそうしてアピールしていると感じますね。
やりがいは、自分がその魚の最初の値段を付けることですね。悩みもありますが、そこに楽しさもあります。値付けは見習い期間で学んだことや、前の日の相場などから決めます。値付けと仲買人さんの想定している買い値が一致した時は、私の値付けが間違っていないので、やりがいを感じます。
--福岡市中央卸売市場鮮魚市場(以下、福岡市鮮魚市場)に登録されている仲買業者は40社あると聞きました。競りの際は、最大40人の仲買人を相手にするわけですよね。瞬時に落札者を決める判断基準などはありますか?
永村:その日の販売状況や平日か休日前かなどを考えて値付けしています。例えば、私が最初に付けた値を、仲買人さんが上げると、他の仲買人さんがさらに高値をつけることがあります。その時、少し待つと最初に値を上げた仲買人がより高く買うこともあります。基本的に競りは一定のリズムで行ない、仲買人さんたちが値付けしやすいようにしています。でも中には、高く買ってほしい魚もあるんです。その時には、ちょっと高めの声や強めの声を出すこともあります。それは先輩から受け継いだ技術に独自の技術を加えた、それぞれの競り人の技術ですね。
--永村さんもそうした独自の技術を持っているんですか?
永村:全然できないですね(笑)。なかなか難しいです。やっぱり自信が足りないと思います。毎回思いますが、私が思っている値段を曲げずに言えばいいんですが、その日の雰囲気などで下げることがあります。
--福岡市鮮魚市場のすごさを教えてください。
永村:取り扱う魚の種類が豊富です。豊洲などには負けますが九州最大ですし、昔ながらの発声競りは迫力があります。九州の中央卸売市場は、ここと鹿児島だけなので規模も大きいです。その他、競り場だけでなく、飲食店のボリュームがすごいです。漁師さんなど男性向けの定食が多いので。競り場が近く、新鮮な魚をボリュームたっぷりで食べられる飲食店はなかなかないと思います。コロナ明けから年間に6回(4〜6、10〜12月)行われる市民感謝デーでは、一般の方が直接この市場の魚を買えます。これには私も参加しています。11月の市民感謝デーは農林水産祭りと一緒ですので、魚はもちろん野菜や卵、お肉も買えます。
--働いていて楽しいですか?
永村:漁師の家庭だったので周りに魚がいるのが普通でした。でも、福岡に出て来てから魚と離れる期間がありました。福岡魚市場に就職して、地元では見たことのない魚に触れ、探究心や知的好奇心が満たされ、どんどん魚が好きになりました。また、地元で食べるブリと福岡で食べるブリは味が違うんですよ。獲れる地域で脂の乗り方や香りも違いますから。
大役担う競り人へ
そしてより活力ある
市場に
--最後に競り人としての今の目標を教えてください。
永村:「山物」(同じ規格の魚種のトロ箱が何箱も積み上がったもの)の競りを行うことです。仲買人さんのハンドサインを見逃すと、大きな損失にもつながりますが、大きな取引にもつながるので、まずはそれが目標ですね。最終的には大好きなブリの山物をやってみたいですが、今はアラなどのハタ系やシイラなどを扱ってみたいです。そして、取引をスムーズに進め、魚市場の盛り上がりにつなげたいです。
永村まどかさんプロフィール
長崎県壱岐市出身 29歳
祖父と父が漁師の家に育つ。実家は夏〜秋はイカ、冬場はブリのはえ縄漁を主に行う。福岡の短大で音楽療法などを学んだのち、「福岡魚市場」に就職。